「足尾」地名の由来「波之利大黒天」安置
日光市の旧足尾町の中心部近くにある寶増寺の開山は、
神護景雲年間 (767~770)や大同年間(806 ~810)などの諸説があるが不詳。
江戸末期までは渡良瀬川にかかる大黒橋の辺りにあったがその後移転。
現在の本堂は大正10年~12年(19 21~1923)に建てられた。
また本尊は約240年前のものである。
わたらせ渓谷鉄道沿線の七福神巡りの「大黒天」と「毘沙門天」の二福神、
地獄極楽掛図、藤原秀郷の戦勝祈願旗、真野暁亭筆の掛軸など多数の寺宝がある。
本堂に安置されている波之利大黒天は、勝道上人の作とされ、
足尾の地名の由来とも伝えられる。
中禅寺湖畔で粟の穂をくわえたネズミを見かけた勝道上人は、
ネズミの足に緒(ひも) をつけて後を追い、
たどり着いたのが今の足尾であったという。
「足に緒をつけた」ことから「足緒」、これが転じて「足尾」になったと伝えられる。
また境内には鐘楼や不動尊堂がある。
木々の緑も豊かで、寺の奥には山に向かって多数の無縁墓が点在している。
その裏山をわたらせ渓谷鉄道が走っている。
前橋、高崎、大間々、桐生など群馬県方面からの来訪者も多い。