日光街道雀宮宿の菩提寺
正光寺は江戸中期、正徳年間(1711~1716)の開山と伝えられる (江戸初期の創建の説もある)。
日光街道の雀宮宿における地域の菩提寺として信仰を守って来た。
雀宮宿は江戸初期より宿駅として重要な役割を果たしてきており、
当初宇都宮藩領であったが、後に天領として幕府が直轄した。
火災などにより古来の記録などはほぼ失われてしまった。
さらに、明治35年(1902)の大暴風により伽藍が倒壊し、
聖徳太子と伝教大師の幼像を安置する太子堂を残すのみとなった。
これらは江戸期のものと思われるが、詳しい由来などは未詳である。
以後、無住となったまま復興されず、
石田村(現・上三川町石田)感應寺 が管理することとなった。
代々の感應寺住職が正光寺住職を兼務し、現在に至っている。
雀宮地域には他に寺が少ないこともあり、人々は正光寺の再建を願い、
さまざまな運動を行った。
そのかいあって昭和44年(1969)、60年以上を経て寺が再建された。
その後現在まで、地域の菩提寺として今日に至っている。
太子堂は老朽化が激しく、平成24年 (2012)に改修移築を行った。
また新たに鐘楼堂も建立され、澄み渡る鐘の音を響かせている。
境内は交通量の多い国道4号に近接しているが、
住宅地の中にあるため閑静な趣がある。