安産・子育・子授地蔵尊の寺
芳賀町延生地区にある城興寺は、
天正12年(1584)に兵火で堂塔伽藍を焼失したため記録が失われ、開基は不明である。
しかし古くから地域の信仰を集めてきた寺である。
縁起によると、昔ある帝の妃が懐妊したが臨月になっても産気がなかった時、
帝の夢枕に1人の僧侶が立って
「女人の安産は地蔵菩薩十種の第一なれば、この菩薩を信仰給わば安産疑いなし」
と言って消失したという。
翌日、 妃は産の紐を解かれて王子を生んだ。
(この故事より「紐解き地蔵」とも呼ばれている)
帝は仏師運慶に勅して地蔵菩薩を彫らせ、この地に堂坊房宇を創建して安置。
また、皇城繁興を念じられたことより寺名を「城興寺」と名付けた。
さらに「延びて生まれた」ことから、山号を「延生」とされた。
以来、安産・子育て・子授りの地蔵として信仰を集め現在に至っている。
本尊の延命地蔵菩薩は木造で約50センチの半跏坐像である。
毎月24日(縁日)日の出の時刻に、本尊地蔵菩薩が御開帳となる。
また8月24日のみ、午前11時にも御開帳される。
鐘楼は近年のものながら、日光東照宮に関わる宮大工に依頼して建てたものである。
現在は本堂内にある「間引きの絵馬」は、江戸時代から伝わるもの。
人口調整のために嬰児を殺した、悲しい歴史の証人であると同時に、
多くの女性が同寺の地蔵菩薩に救いを求めてきた証左とも言える。
境内には大きなムクロジの木があり、
毎年6月頃になるとアオバヅクが渡ってきて巣を作り子育てをする。
その様子を観察する人も少なくない。
地域の信仰だけでなく、広く近隣からも参拝客が訪れる寺である。