古河公方・足利成氏ゆかりの寺
報恩寺の開基は建徳2年(1371)に、
上杉能憲が鎌倉・鶴岡八幡宮の裏地に建立したと伝えられている。
開山は臨済宗の夢窓国師の高弟であった、義堂周信禅師と伝えられる。
同寺がいつ天台宗にかわったのかは未詳であるが、
現在の地に移転してからと思われる。
鎌倉から西野田に移転したのは享徳年間(1452~1455)のことで、
足利成氏によるものと伝えられている。
足利成氏は関東管領の役にあり初代の「古河公方」でもあった。
江戸時代に火災にあい本堂などが焼失し、
その際に多くの資料も失われた。
現在の本堂・鐘楼堂は、その後再建されたもので江戸期のもの。
宅地開発が進んだ地域にありながら境内には緑が多く、
墓参に訪れる檀家の心を和ませる。
周辺には大平運動公園や大平南体育館などがある。